お城の跡地がこんなことに

 お城が破壊された経緯について簡単に説明しておきます。

 

 近世のお城は、江戸幕府における幕藩体制の中で、藩主である大名とその執政が行政を行い、また藩主とその家族が居住した所でありますが、江戸幕府が1867年に崩壊した後も1871年の「廃藩置県」まではお城にはまだ藩主が健在でした。

 

 しかしながら、お城は幕府という旧体制の象徴であったので、新政府はいよいよ1873年に「廃城令」を出してお城の破却を通達しました。その際に、藩主が県知事になったり新政府からの役人が勤務したりする庁舎が必要となり、お城の跡地に新政府としての庁舎が建設されたり、或いは御殿等は役所の庁舎として再利用されたようです。

 

 廃城令が出されて、完全には全城郭が破却されたかというとそうでもなく、破却されたのは144城で39城が残されました。残された状態がどの程度までだったかは解りません。また、廃城通告が出されていたお城でも、地元の方がお城を残すためにお金を出したり、色々な人に掛け合ったりして残された下記の様な例のお城もあります。

 

 陸軍の中村重遠大佐が、姫路城と名古屋城の保存を太政官に願い出たことや、市川量造などの地元の有力者が破却寸前に買い戻して更に松本中学校校長の小林有也らの努力により松本城が存続できたこと、また大隈重信が明治天皇巡行の際に彦根城存続を奏上した等エピソードが残っています。  

 

 それでは、破却されずに残ったお城の城跡、破却されたお城の城跡のエリアは、現在どのように再利用されているのでしょうか。

 

    お城の城跡(跡地)は、現在の都市の中でも大きな面積を占めています。お城の建造物や立派な石垣や土塁や堀が残っている都市では、歴史的な観光施設にして広範囲からの集客装置として有効活用しています。現存している遺構だけにとどまらず、復元で城郭建築が建てられたり、石垣や堀まで復元化されて観光資源に付加価値を付けたりしています。

 

 そんなに多くのお城の遺構が残っていなくても、行政が史跡の保存に力を入れているところもあり、博物館や資料館等の文化施設を建築することで、それを一般開放したり市民の憩いの場として公園整備しているところも多く見られます。

 

 また、元々お城は藩の藩庁(政治の場)であったことから、その地域の役所やその関連施設、公共施設として利用されていたり、藩校があった場所では学校として再利用されているケースも多いです。更には、城内にあった寺院やお稲荷さんや東照宮の神社の敷地になっていたり、旧藩主を祀る神社が廃藩後に建築されて現在も存在する場合もあります。

 

 一方では行政の規制もかからずに、都市開発や住宅開発が進んでいて、お城ファンとしては非常に残念ですが、全くお城の遺構が確認できない所も多いです。しかし、そのような中から、少しでもお城の遺構を見つけ出すのも楽しみの一つかもしれません。

 

 以上、お城が現在どのような状況になっているかを大まかに述べましたが、もう少し「お城の跡地がこんなことになっていますよ」ということを紹介したいと思います。なお、一つのお城でも、下記①~⑨は混在しています。 

お城の跡地の利用状況              概            要
① 城址公園の敷地    現存或いは復元、移築、復興、模擬の城郭建築を中心に観光化や公園化されています。

 1)城郭建築物や庭園や城跡そのものが史跡として重要で、それを維持する目的から有料化して開放しており、城郭建築の内部を、お城の歴史や藩主などを紹介する展示が多いです。

 2)城郭建築物は、公園のモニュメントとしての位置づけが強く、周辺の城跡を無料開放して市民の憩いの場として利用していることもあります。 

 ②史料館(資料館、博物館)の敷地

城跡に天守閣などの城郭風建築を建てて、地域の歴史的な背景の中でお城の位置づけを解説したり郷土や地元を紹介する史料館(資料館・博物館)になっています。

 

本丸以外にも二の丸や三の丸、その周辺の曲輪であった場所に建築される場合が多いです。

③行政の中心である役所やその他公共施設の敷地

元々幕藩体制時には藩庁が置かれていたことから、新政府になってからも引続き行政施設や公共施設(役所、裁判所、検察所、公民館、文化会館、病院など)が置かれる場合が多いです。

 

これは、廃藩置県(1871年)の後に、新政府が旧体制の象徴であった城郭を、新政府庁舎にしたり新政府軍の本営に使用することによって城郭破壊を進めることもあったようです。

 ④学校の敷地

元々藩校があったことや、行政の中心であったこと、広い敷地が必要であったことから小学校、中学校、高校の敷地として利用されることが多いです。

 

また、地域の最高府である大学の敷地として利用している或いは利用してきたお城もあります。 

 ⑤駅構内の敷地

鉄道敷設計画を立案する際に、街の中心地であった城下町に駅の設置を計画することもありました。

また、旧体制の中心を破壊する目的もあったのかもしれません。 

 ⑥神社や寺院の境内

城郭内に鎮座していた祭神や稲荷社がそのまま残り、城跡の一部が神社化や寺院化した場合です。

また明治時代に入り地元の方が藩主を祀る為に、藩主を神に見立てた神社が建築されていることもあります。 

⑦私的な建物や敷地

幕藩体制崩壊後、江戸から戻った藩主が私邸を建てたり、そのまま居住した元藩主やその家族が城跡を私的所有した場合では、元藩主ゆかりの史料館として運営されたりもします。

 

地元の資産家や有力者により私財が投じられ購入して私有地となった場合、その上に建築物が構築される場合があります。

その後維持が難しくなって、行政へ寄付をして行政が公園化した場合などは③に含めます。

⑧住宅地や商業地や工業地

旧藩士が居住していた所が、そのまま住みついて住宅地化している場合です。

 

城跡は膨大な面積があるので、市街地発展の為には制約になることがあったので、市街地確保の為に商業地や住宅地に開発されることが多いです。

⑨荒地や畑地

 

行政の史跡に対する認識が薄い場合、城跡の再利用がなく荒地のままに放置されていることがあります。

 次に写真で紹介しますが、必ずしも、一つのお城(陣屋)の跡地利用は一つとは限りません。

大規模なお城ほど、跡地利用には様々なことに使われています。例えば、本丸は天守閣が残り中は歴史的な展示の場所に、二の丸は資料館を始め市役所や公民館が、三の丸には藩主を祀った神社が、また藩校の跡地に学校が、そして住宅街が、というように様々な利用の仕方をされていることがあります。

 

以下では、特に本丸や二の丸の跡地の再利用の仕方にスポットを当てて、ピックアップしてみました。

 

以下の写真をクリックすると、住所や概略がわかります。

① 城址公園の敷地  

 

一段目↓盛岡城        ↓出羽松山城        ↓棚倉城          ↓太田原城        ↓岩槻城         ↓笠間城

二段目↓結城城        ↓壬生城          ↓沼田城          ↓館山城          ↓三根山陣屋       ↓松代城

三段目↓高島城        ↓高遠城          ↓駿府城          ↓浜松城          ↓西尾城         ↓刈谷城

四段目↑加納城        ↑桑名城          ↑津城           ↑亀山城         ↑西大路陣屋        ↑柳生陣屋

五段目↑岸和田城       ↑明石城          ↑高松城          ↑鹿野陣屋        ↑濱田城          ↑萩城

六段目↑岩国城        ↑福岡城          ↑人吉城          ↑延岡城         ↑高鍋城


②史料館(資料館、博物館)の敷地

 

一段目↓上山城         ↓石岡陣屋       ↓宇都宮城         ↓忍城          ↓関宿城          ↓久留里城       

二段目↓館山城         ↓小田原城       ↓村松城          ↓富山城         ↓越前大野城        ↓郡上八幡城        三段目↓相良陣屋        ↓高須陣屋       ↓田辺城          ↓園部陣屋        ↓篠山城          ↓福知山城

四段目↑高槻城        ↑龍野城          ↑鳥取城         ↑松江城          ↑徳島城          ↑松山城

   ↑吉田城        ↑佐賀城          ↑唐津城         ↑平戸城          ↑島原城          ↑中津城

   ↑杵築城        ↑砂土原城         ↑鹿児島城


③行政の中心である役所やその他公共施設の敷地

 

一段目↓八戸城        ↓一関陣屋         ↓泉陣屋          ↓前橋城         ↓高崎城          ↓大垣新田陣屋

二段目↓高岡陣屋       ↓新発田城         ↓与板陣屋         ↓福井城         ↓勝山城          ↓広瀬陣屋

三段目↑三草陣屋       ↑山口城          ↑小松陣屋         ↑多度津陣屋       ↑徳山陣屋         ↑麻田陣屋


④学校の敷地

 

一段目↓亀田陣屋       ↓松岡城          ↓三春城          ↓湯長屋陣屋       ↓伊勢崎陣屋        ↓下妻陣屋

二段目↓小見川陣屋      ↓麻生陣屋         ↓一宮陣屋         ↓川越城         ↓大喜多城         ↓鶴牧陣屋

三段目↓黒川陣屋       ↓七日市陣屋        ↓高田城          ↓都岡陣屋        ↓田中城          ↓西大平陣屋

四段目↓今尾陣屋       ↓長島城          ↓菰野陣屋         ↓芝村陣屋        ↓尼崎城          ↓三田城

五段目↑小野陣屋       ↑三草陣屋         ↑岡田陣屋         ↑新見陣屋        ↑倉吉陣屋         ↑母里陣屋

六段目↑清末陣屋       ↑西条陣屋         ↑新谷陣屋         ↑秋月陣屋        ↑小城城          ↑柳川城

七段目↑鹿島陣屋       ↑玉名陣屋         ↑福江城          ↑日出城         ↑飫肥城


⑤駅構内の敷地

 

 ↓長岡城          ↓淀城           ↓福山城         ↓三原城


⑥神社や寺院の境内

 

一段目↓黒石陣屋       ↓本荘城          ↓鶴ケ岡城        ↓岩崎陣屋         ↓天童陣屋        ↓米沢城

二段目↓下館城        ↓須坂陣屋         ↓飯山城         ↓飯野陣屋         ↓小浜城         ↓山家陣屋

三段目↑庭瀬陣屋        ↑久留米城        ↑大村城          ↑森陣屋


⑦私的な建物や敷地

 

 ↓綾部陣屋          ↓亀岡(亀山)城     ↓鴨方陣屋


⑧住宅地や商業地や工業地

 

 ↓磐城平城         ↓長瀞陣屋         ↓守山陣屋        ↓宍戸陣屋        ↓沼津城          ↓鯖江陣屋

 ↑狭山陣屋         ↑丹南陣屋         ↑勝山城


⑨荒地、畑

 

 ↓請西陣屋         ↓峰山陣屋